※「趙国三大天」という呼び方は『キングダム』由来のフィクションですが、藺相如・廉頗・趙奢は実在し、秦国の侵攻から国を守り続けました。

趙奢とは?史実に見るその人物像
趙奢(ちょうしゃ)は、中国戦国時代の趙の国に実在した将軍です。
彼はもともと徴税官として働いていた役人でしたが、
ある事件をきっかけにその才覚が評価され、一気に軍の中枢へと登用されることになります。
史書『史記』によると、趙奢が注目されたのは、田地の徴税官の仕事を
していた時代、ある貴族の部下が徴税を拒否したときの毅然とした対応でした。
その貴族とは戦国四君の一人である『平原君(へいげんくん)』でした。
趙奢は、王族である平原君を前にしても臆することなく、公正に職務を全うします。
怒りに染まり趙奢を殺そうとしていた平原君ですが、趙奢のこの勇気と見識の中に
才を見出し、逆に趙王に推挙しました。
この登用が、後に趙奢が“名将”と呼ばれる道を拓く大きなきっかけとなりました。
趙王に推挙された後、まずは国税の管理を任されました。
ここでも趙奢は手腕を発揮し、趙の国庫は豊かになり趙の国力は増強されました。
その後、軍の指揮官へと活躍の場を移します。多くの戦略を任され、
特に秦の老将・胡傷(こしょう)との戦い(=閼与(あつよ)の戦い)で大功を立てます。
白起や廉頗のような派手な戦績こそないものの、
戦場での冷静な判断と戦略眼は非常に高く評価されており、
「静かなる名将」として、趙軍を支えた人物だったといえるでしょう。
また、息子の趙括が後に「長平の戦い」で将軍に任命されたことを考えると、
趙奢の功績と人望が、次代にも引き継がれていたことが分かります。
しかし──
その“次代”が、まさかあのような悲劇を生むことになるとはーーー
趙奢以外は予想だにしなかったかもしれません。
ここでは、趙奢の「洞察力」は悪い方向で的中することになります。
閼与の戦い──秦の老将・胡傷との激突
趙奢の名を戦国史に刻んだ最大の戦果──それが閼与(あつよ)の戦いです。
※閼与とはキングダムでは、犬戎王ロゾの城があった「りょう陽」に近い険所です。
この戦いは、秦軍の老将・胡傷(こしょう)が率いる軍を、
趙奢が見事に撃退した一戦として記録されています。
当時、秦軍は趙の要所である閼与を攻め落とそうとしており、
情勢は緊迫していました。
名将として名高い廉頗や軍神・楽毅の息子にして将軍の楽乗さえも
「閼与の救援は不可」として諦めていました。
しかし趙奢はこの場面で、閼与の勝機を趙王に説きます。
趙王は趙奢を将軍に任じて、閼与へ向かわせました。
趙奢は、秦の名将・胡傷を相手に大胆な策略を展開します。
敵の動きを見極めたうえで、決定的なタイミングで反撃を仕掛け、
秦軍に大きな損害を与えて撤退させたとされています。
🔷胡傷将軍について詳しくはこちら👇️
※“六大将軍”という表現は漫画『キングダム』による創作設定です。
本記事では、そうしたフィクション設定も参考にしつつ史実を紹介しています。
この戦いで注目すべきは、趙奢の“判断力”です。
敵の規模や地形、味方の士気と戦力──部下からの直言、
これらを的確に読み取った上で、決して焦らず、好機を一気に
掴み取り奇跡的な勝利をものにしました。
この戦いが、彼のキャリアを決定づけた瞬間だったといえるでしょう。
閼与の戦いに勝利した後、趙奢は国の英雄として評価され、
廉頗や藺相如と同格の地位を与えられました。ここで趙奢は馬服君に封じられました。
キングダムでは、廉頗・藺相如・趙奢の三人を、”趙国三大天”としています。
史実でも、この三人が健在の間は、秦でさえも趙への侵攻は容易にできませんでした。
白起のような圧倒的な破壊力こそありませんが、
趙奢の戦いは「着実」「冷静」「読みの鋭さ」といった、
戦国武将の“知”の部分を体現する戦い方でした。
この“静かな勝利”が、後に「長平の戦い」での悲劇的なコントラストを生むことになるとは、
当時、誰も予想できなかったかもしれません──
ー趙奢と白起を除いては。
趙奢と息子・趙括──長平の悲劇へ

趙奢の死後、その遺志を継ぐようにして前線に立たされたのが、息子の趙括(ちょうかつ)でした。
趙括は学問や兵法には精通していたとされますが、実戦経験がほとんどなかったといいます。
そんな彼が任命されたのが、あの長平の戦い(紀元前260年)──
秦の名将・白起が率いる大軍と対峙する、戦国最大級の激戦です。
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趙軍は当初、老齢だが歴戦の名将廉頗を総大将として秦軍を2年もの間食い止めていました。
秦軍の総大将は猛将・王齕将軍です。
※漫画「キングダム」では、それぞれ趙三大天と秦六大将軍という伝説的な立ち位置の2人ですね。
※“趙国三大天”、”新六大将軍”という表現は漫画『キングダム』による創作設定です。本記事では、
そうしたフィクション設定も参考にしつつ史実を紹介しています。
🔷廉頗(れんぱ)将軍についてはこちら👇️ 🔷王齕(おうこつ)将軍についてはこちら👇️
ここで動いたのは当時の秦の宰相・范雎(はんしょ)です。
范雎は、廉頗がいる限りは長平の攻略が難しいとみて、廉頗を戦場から退場させる策略を仕掛けます。
廉頗は老齢で及び腰になっている・秦が恐れているのは趙奢の息子の趙括が総大将になることだ、と流言を流します。その策略は見事にハマり、趙王は廉頗を更迭してしまいます。そして、実戦での経験のない趙括を、この大戦の総大将に任命してしまったのです。
この時、病に伏していた藺相如と趙括の母は、この決定を必死に止めようとしましたが、趙王は聞く耳をもちませんでした。この決定をもってして「長平の戦い」の勝敗は決定したと言っても良いかもしれません。
この趙国の対応を確認した秦国は、満を持して百戦錬磨の白起将軍を戦場に送り込みます。

趙括は父・趙奢の実績を背負い、
“名将の子”としての期待を集めて戦場に送り出されました。
しかし、結果はあまりにも残酷なものでした。
趙括は白起の策略に完全に翻弄され、
戦場で討ち死にし、趙軍の40万人が捕虜となり、その多くが生き埋めにされるという、
戦国史に残る大惨劇を引き起こしてしまいます。
🔷白起について詳しくはこちら👇️
この悲劇には、父・趙奢の生前の言葉が重くのしかかります。
「趙括は口では軍を語るが、実戦の経験がなく、兵を軽んじている」
彼はすでに、息子に将としての資質のなさを見抜いていたのです。
その懸念は的中し、趙括の無謀な判断が趙の未来を大きく狂わせました。
この親子の対比から、後世にこんな言葉が生まれたと言われています。
「名馬の子、名馬にあらず」
優れた者の子が、必ずしも同じ才能を持つとは限らない。
趙奢が存命であれば──
もしかしたら、長平の悲劇は防げたのではないか。
そう語る歴史好きも少なくありません。
この親子における“予感と結末”は、
戦国時代の厳しさ、そして人間の限界を静かに物語っています。
ちなみに、趙奢は馬服君に奉じられましたが、その子孫は馬氏を名乗ることがあったそうです。その子孫が、三国志でも有名な馬超(や馬騰・馬岱)であると言われています。そういう意味では、「名馬の子が出る」ことも、やはりあるようですね。
趙括はある意味、『才』の使われ方が不運だったのかもしれません。
まとめ:趙奢は静かに時代を繋いだ“戦国の架け橋”だった

趙奢は、戦国の英雄たちの中では決して華やかな存在ではありません。
しかし彼は、秦の将軍・胡傷との戦いで勝利し、
一軍を率いる将としての評価を受け、国を守った実在の名将でした。
同時に、彼は戦国時代における”時代の架け橋”でもありました。
後に趙軍を壊滅に導くことになる息子・趙括。
その裏にあったのは、父・趙奢の「名将としての名声」と「的確な洞察力」でした。
もしも、この「的確な洞察力」を趙王がすくい取ることが出来たなら、「長平の戦い」
で、范雎の策略にも陥ることなく、趙奢は死んでもなお趙国を救った英雄であった
かもしれません。
また、彼を見出した平原君趙勝や、
その後の廉頗・李牧・白起といった英雄たちと比較してみると、
趙奢が“繋ぎの世代”としての重みを担っていたことがわかります。
(李牧の人望や戦略的視点などをみてみると、趙奢のそれとにているところが
あるように感じるのは私だけでしょうか。)
静かに現れて、
確かに国を守り、
そして静かに次代へとバトンを渡していった。
派手さはないけれど、
戦国のダイナミズムの中で確かに輝いた人物──それが趙奢です。
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📖参考文献・引用
- 司馬遷『史記』
- 『戦国策』趙策
- 史記:横山光輝(小学館『BIG COMICS GOLD』)
- キングダム原作:原泰久(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
- 国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/)
- Wikipedia「趙奢」(最終閲覧日:2025年4月1日)
※本記事は、史実に基づく文献およびフィクション作品『キングダム』を参考に執筆しています。
一部に諸説ある内容や、解釈に幅のある表現が含まれています。予めご了承ください。
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